「バッハ・ビーバー・ダモーレ」

2026年6月23日(火) 19:30開演

阿部千春

バロック・ヴァイオリン
ヴィオラ・ダモーレ




入場料金:4000円




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〔会場〕
カフェ・モンタージュ ≫ 地図
京都市中京区五丁目239-1(柳馬場通夷川東入ル)
TEL:075-744-1070


【プログラム】


J.S.バッハ:
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第1番 ト短調 BWV1001

C.ペッツォルト:
ヴィオラ・ダモーレのための組曲

J.S.バッハ:
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 ニ短調 BWV1004

H.I.ビーバー:
パッサカリア ト短調

語りの形式

作品の背景にあるバロック時代の修辞学、政治・社会学的な見地、当時の世界観を通し、音楽をKlangrede (音による弁論)として捉えてみようと思います。
バロック芸術は、感情を動かす媒体としてその表現技術を発展させていきます。劇的でコントラストの強い表現により、光と闇、生と死、栄光と崩壊、といったテーマが頻繁に取り上げられるようになります。特に30年戦争後の疲弊したドイツ語圏では内面的経験としての「死」Tod と「無常」は芸術と深く結びつくようになり、音楽にもその傾向が強く現れます。本日取り上げるハインリヒ・イグナツ・フランツ・フォン・ビーバー(1644-1704)やヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685-1750)の音楽には、ドイツバロック特有の死生観、スピリチュアルと結びついた内省の劇的な高まりと、それとは相対する静けさや沈潜が深く刻まれています。

ヨハン・ゼバスティアン・バッハの6曲の無伴奏ヴァイオリン曲(BWV1001-1006)は1720年ごろに編集されたとされており、6曲の無伴奏チェロ組曲と合わせての12曲のチクルスだったという説があります。特に無伴奏ヴァイオリンソナタの3曲は、キリスト教会暦における3大行事をテーマにしているというのがドイツ人音楽学者ヘルガ・テーネ氏の提唱した説で、第1番がキリストの生誕、第2番はキリストの受難、第3番は聖霊降臨祭に該当するとのことです。
ソナタ第1番 BWV1001は教会旋法ドリア調が基調で、教会音楽で伝統的に使われてきた古い形式"stile antico"に則っています。第1楽章、第2楽章、第4楽章には、ビーバーのパッサカリアに使用されているオスティナートバスの下降テトラコード(G-F-Es-D)がバス声部に現れます。このテトラコードは、修辞学的には「悲嘆」を意味し、半音階下降音型のラメントバス(G-Fis-F-E-Es-D)との関連が強く感じられます。第1楽章は、ラメント(哀歌)的要素に、17世紀の修辞の一つのスタイル、Stylus Phantasticus(即興や予期しない音型、突然の中断などを用いた自由なスタイル)、ドイツ・17世紀の宗教的・内面的舞曲としてのアルマンド語法を組み合わせた、プレリュード的な形式をとっています。第2楽章は、重厚な和声、持続低音を用いたフーガ、第4楽章は舞曲風の無窮動的な楽曲となっています。
祝祭としての舞曲は、バロック神学においては常に回転、運動している「死」の性格と結びつく可能性があります。中世からのTotentanz 「死の踊り」の概念は、「誕生のうちにすでに受難を見る」というバロック神学に根強く残っていました。キリストの生誕にすでに受難を取り入れる手法は、ビーバーの「ロザリオのソナタ集」にも例を見ることができます。
パルティータ第2番 BWV1004では、ソナタ第2番(受難のソナタ)との関連が指摘されています。フランス風組曲の形式をとっており、ヘルガ・テーネ氏の説では、コラール"Christ lag in Todes Banden" 「キリストは死の縄目につながれたり」との音楽語法上の結びつきが見られるとされます。舞曲形式を持つ5つの楽章にそれは一貫しており、特に最後の長大なシャコンヌにおける定型バスには、バロック修辞学のラメント、そして「死の踊り」の概念が感じられます。

ヴィオラ・ダモーレは17世紀半ばから18世紀にかけて、特にドイツ語圏で好まれた楽器でした。ヴィオラ・ダ・ガンバ族の楽器ですがフレットがなく、演奏方法はヴァイオリンのように肩にのせるダ・ブラチョ式です。17世紀のドイツ音楽に見られる瞑想的・内省的な傾向は、ヴィオラ・ダモーレの音色とよく調和しており、宮廷、とりわけ修道院や教会において、数多くの作品が今に伝わっています。調弦方法はバロック時代においては様々で、楽曲の調性によって一番響きやすい調弦を使用していました。18世紀半ばから次第にニ長調調弦に移行し、調弦法が一つに統一されていきます。
クリスティアン・ペツォルト Christian Petzold(1677-1733)のヴィオラ・ダモーレのための組曲 ヘ長調の原典は、ドイツのザクセン州立連邦図書館にあります。フランス風組曲の形式は、17世紀後半からドイツ各地で好まれて使われており、この時代のヴィオラ・ダモーレの作品にもよく使われているスタイルです。音域の広いヴィオラ・ダモーレにおいては、低弦をバス声部としての作曲法が容易で、この作品においてもその特性が生かされています。ペツォルトは当時ドイツにおける重要な音楽家であり、バッハも研究のために彼の曲を書き写しています。

16曲からなるロザリオのソナタ集は、ドイツヴァイオリン流派の代表とも言えるハインリヒ・イグナツ・フランツ・フォン・ビーバーが1678年に私的な信心のために作曲したものです。ロザリオの祈りは、カトリック教会において天使祝詞「アヴェ・マリア」を繰り返し唱えながら福音書に記されているキリストの生涯などの秘跡を辿り、黙想するものです。ビーバーがソナタ集に用いた15の秘跡の絵は、ザルツブルクのロザリオ信心会入会の心得に印刷されていました。終曲の無伴奏ヴァイオリンのために書かれたパッサカリアには守護天使の絵が冒頭にありますが、この絵の出典はわかっていません。
このパッサカリアは、前述したようにバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番と同じ下降テトラコードをオスティナートに用いた変奏曲で、無伴奏ヴァイオリンによる室内楽とも言えます。

カトリック的世界観を背景に持つビーバーの音楽には、苦悩から恍惚へ向かう感覚が響き、一方ルター派のバッハの無伴奏作品には、神の恩寵への静かな信頼と祈りが込められています。キリスト教社会の西洋では当時神の存在は絶対的でしたが、次第に人間の存在・ドラマにスポットが当たるようになり、その伝達言語としての音楽にも当時の人間社会や思想が投影されました。その時代的精神と共に、音楽は次の時代、未来へと繋がっていきます。


― 阿部千春