Cafe Montage

ピアニストにとっての旧約聖書(Hans von Bülow)、鍵盤楽器作品における、究極の作品の１つを、カフェ・モンタージュで演奏できる事を光栄に思います。

バッハの面白さは、楽器の選択から始まり、アーティキュレーション、音量、装飾音の奏法等、とても解釈の可能性の幅が大きいことです。バッハは当時としてはかなり詳細に楽譜に書き込んだ作曲家ですが、それでもバロックならではの独特の楽譜の読み方や解釈が成り立つ為、誰１人として同じ考え、演奏に行き着く事はないでしょう。

今回は、過度なピリオド奏法や装飾音解釈、特にフランス的なチェンバロによる演奏スタイルなどを取り入れ過ぎず、あくまでもカフェ・モンタージュのスタインウェイピアノ（1905年 ニューヨーク製）の音色やサウンドを考慮した、奇をてらわない演奏をしたいと思っています。

そもそもこれらの曲は、チェンバロだけでなく、オルガンやクラヴィコードでも弾く事は可能で、演奏する楽器の特質によっても、演奏の方法は変わります。
装飾音についても、特に1960年代以降、それまで行われてきた全てを否定するような方向に、世の中が動きました。それ以前の伝統にも配慮しながら、演奏したいと考えています。
アーティキュレーションについても、バロック語法の根幹ではあると深く意識しつつも、曲自体の自然さ、格調、性格表現を邪魔する事のない範囲で、それがあまり表面に出て来すぎないようにしたいと考えています。

バッハの作品は、バッハの死後、まるでメンデルスゾーンがマタイ受難曲の再演をするまで全く知られていなかったかのような誤解が世の中にありますが、それは誤りだと思います。
１８世紀後半においても、ドイツ中、特にベルリンやライプツィヒ近辺においては彼の楽譜は大切に写譜されていた様ですし、特にオルガニストの間ではバッハ作品は演奏されていたに違いないからです。
受難曲、管弦楽組曲、カンタータ、室内楽ソナタ、あらゆる器楽曲の分野で特別な作品を残していますが、やはりバッハのオルガン作品は最高です。平均律クラヴィーア曲集もその流れにあります。

バッハはクラシック音楽の父であるという(それは正しいのですが)非常に近寄りがたいイメージがあります。
作品も完璧で、どれ程複雑なフーガであっても、自然に着想され、苦もなく頭の中で全て造形され、楽譜にされたような印象があるので、１人の人間が到達可能な、究極の芸術の質というか芸風に圧倒されますが、忘れてならないのは、知性だけではなく、そこに人間的な感情が非常に深く、豊かに溢れていることです。そこを見逃してはならないと思います。

平均律クラヴィーア曲集第１巻は、第２巻と比べてより親しみやすく、４０歳前後のバッハのスタイルや姿を見ることができます。
４曲毎に重厚なフーガが置かれ、またそれぞれの調性に最もふさわしいキャラクターの作品が生まれています。

リスナーにも集中が必要な作品ですが、２４曲弾くと(聴くと)、１曲、あるいは数曲単位とは異なる、曲集全体としての構成と形式への洞察と、バッハ作品の高い精神的次元への感覚的な理解が、より深く得られるのではないかと思います。

世界の心ある人々が求めてやまない人間同士の相互理解、また個人レベルでの知と情と肉体の調和、善への探求などを、いつも肯定的な表現で示しているバッハの音楽に、これからも取り組んでいきたいと思っています。


- August 2022