CGDと来まして、ついに最終回のAに辿り着きました。このチェロの開放弦にまつわる調性の旅は、作曲家が多分意図したであろう響きや色彩に対してのイメージを想像する旅でもあり、4方向に向かう異なった新幹線での未知への旅でもありました。僕に取っては多くの事を発見した実りある演奏会となりました。
こんな自由な事を実現させて頂けたモンタージュの高田さんには感謝以外ありません。
今回のAdur amollのプログラムは悩む必要もない大曲が待ち受けていました。
シューベルトのアルペジオーネソナタとベートーヴェンのソナタ3番はチェロのレパートリーの中でも王道中の王道。
友人がこのプログラムを組んだとしたら
「よくこの2曲を同じ日に弾く勇気があるね」
とついつい言ってしまいたくなる程の2曲。
アルペジオーネソナタはいまだにどんな演奏が素晴らしいのかもわかりません。しかも20代の頃にこの曲は歳を重ねて何かを掴んだら弾こうと決めて封印してきました。
35年が経過してこの歳にしてようやく持てたイメージがあります。
それはシューベルトの心情をダイレクトに表現したものではなく、「シューベルトの少年時代からの白黒映画を、シューベルト自身が陰からこっそり観て微笑み涙する」という光景こそ僕が今思うこの曲のイメージです。間接的なんです。僕の中のシューベルトは。それがどんな演奏なのか、聴いて頂けたらと思います。
ベートーヴェンの3番のソナタは作品69。
交響曲第5番運命が67、6番田園が68。この奇跡的な2曲に続いて作曲された3番のソナタが平凡な訳がなく、ピアノの右手と左手、そしてチェロという3つの声部の室内楽の完成形は譜面を見ているだけでも惚れ惚れします。ただ、チェロだけで演奏される1楽章の冒頭のテーマは、皆さんはメロディだと思って聴いてらっしゃるのか、それとも和音のベースラインだと思って聴いてらっしゃるのか、いつか皆さんに質問してみたいと思っています。
この2曲では少々短いという事でシューマンの幻想小曲集を弾くことにしましたが、大曲2曲を弾き、短いからとあのシューマンの名曲を加えましたって、僕も偉くなったものです。
― 山本裕康