フォーレ、水面に映る世界

「いま、なにか作曲をしていらっしゃいますか?」

死までの1年間、ガブリエル・フォーレはそのように尋ねられると決まって「いいえ」と答え、いま自分が弦楽四重奏曲を書いているという事実を隠し続けていた。

1922年。
恩師であり、唯一無二の親友、互いにとって最大の理解者であったカミーユ・サンサーンスの死から1か月後、 “フォーレ、水面に映る世界” の続きを読む

フォーレ、2つの四重奏曲

1880年の初演のあと、すでに出版の決まっていたピアノ四重奏曲 op.15(1879年版)の第4楽章を、フォーレが書きなおすことにした具体的な理由は分かっていない。第1から第3までの楽章だけを出版社に手渡したあと、全く新たな第4楽章が完成したのは4年後の事であった。もともとの第4楽章については何の情報も残されていない。

新たな第4楽章付きのピアノ四重奏曲(以下、op.15と記載する)が初演された1884年、フォーレはすでに次のピアノ四重奏曲(以下、op.45と記載する)の作曲に取り掛かっていた。op.15の出版において全く報酬を得ることのなかったフォーレが、なぜ誰にも頼まれることなくop.45を書くことにしたのか…。 “フォーレ、2つの四重奏曲” の続きを読む

事象の地平線、時間の終り

ブラックホールの撮影に成功した、ということであった。
そこには「事象の地平線」という、極端に詩的な、ひとつの言葉が置かれていた。

27歳で戦死した詩人ミルモンの遺作による歌曲集『幻想の水平線』を思い出した。フォーレの最晩年、1921年の作品である。

船がすべて出払った港に、一人たたずむ詩人の叫び。
「私にお前たちの魂を繋ぎとめることは出来ない。
お前たちには私の知らない、はるか遠い世界が必要なのだ。」

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優しき歌

「黄昏に対する好み、口先まで出かかった言葉を告白を言わずにおく恥らい、本性からの優雅さ… 感性にしかと結びついている不分明な神秘的なものを漂わすあらゆるものへのへの好み…」
フォーレと共通する点を多く持つ詩人の手による作品であるとして “優しき歌” の続きを読む