抒情組曲

抒情とは、湧き上がる感情を何かの形で表現すること、もしくは、表現によって何かの感情を湧き上がらせること。

「抒情組曲」はシェーンベルクが提唱した十二音技法を用いて、しかし「非常に調性的特徴をもって書く」ことをモットーに掲げて、アルバン・ベルクが1926年に書き上げた大作である。

調性は作曲家にとって抒情表現の第一手段であり、転調を重ねることによって空間に複雑な心象風景をも描くことも、かつては出来たはずなのであった。十二音技法によってその常套手段が失われている状態から、まったく新たな方法で抒情を描こうとするにあたって、ベルクは「抒情組曲」の内外において、師シェーンベルクがあえてしなかったような様々な方法を展開した。

その一つが恋愛であって、ベルクはまず恋愛をした。
ベルクの恋愛については、ここでは詳しく書かない。

自身のイニシャルABと恋愛相手ハンナ・フックスのイニシャルHFでA-B-H-F(ラ・シb・シ・ファ)という旋律を作ってみたりというところはいかにも古典的で、とても分かりやすい。
そして分かりにくいところでは、ベルクは恋愛的抒情表現の要として1023という2つの数字を、作品のあらゆる場所に埋め込んだ。
10がハンナ・フックス、23がベルク自身をあらわしているということなのだが、なぜ彼ら二人がその数字で登場するのかということについて、ベルクは一言も語っていない。

1023
この二つの数字がどうして恋愛における抒情となるのか、考えてみた。
「抒情組曲」がはらんでいる数々の謎の中でも、100年たった今でも明らかにされていない謎を解こうとしているのだと思うと、額に汗が浮かんでくる…。


まず数字といって、この作品に直接関係あるのは基本の音列技法である12であろう。12でひとまわり、つまり音楽の12進法というべき十二音技法なのだから、この数字も12進法で読めばいいのではないか。

12進法では、
10A231Bである
並べると A1B
… なんだか、すでに答えらしきものが見えてしまっているのではないか …

いや、答えがアルバン・ベルク No.1では、恋愛要素がどうしても足りないから、この答えは無しだ。
恋愛、、恋愛、、

恋愛といえば、ベルクは「抒情組曲」の中でワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の引用をしている。トリスタンといえば愛と死。この至高の恋愛と2つの数字、1023の関係を辿ることができないだろうか。

数字との関係ということであれば、愛よりは死について考察する方が簡単だ。
例えば、アルバン・ベルクの師であるシェーンベルクは、13恐怖症だった。
シェーンベルクはまず自分が死ぬのが怖くてしょうがなく、その自分の死が間違いなく数字の13と関係があるに違いないとして、とにかく13という数字を忌み嫌いながら、7月13日の金曜日に死んだ。その徹底ぶりをみていると、この十二音技法という名前でさえ、12の次は1、12の次は1…と、死の一歩手前でとどまり続ける音楽というだけではないかと、勘繰りを入れたくなるほどである。

そんな師シェーンベルクに対して、弟子のベルクは粋な嫌がらせをした。
ヴェーデキントの「ルル二部作」をわざわざオペラの台本に組み替えて、その登場人物であるシェーン博士をベルクは伝説の殺人鬼「切り裂きジャック」と組み合わせて、散々に死の恐怖を煽るような音楽で飾り立てた挙句に、最終的にはシェーン博士が主人公ルルに射殺されるような楽劇をベルクは「最愛の友よ!」といいながら、9月13日、60歳の誕生日を迎えた師シェーンベルクに献呈した。
もっとも、このオペラ「ルル」は、全ての作曲のスケッチが済ませてあとはオーケストレーションのみが残されたという段階で、アルマ・マーラーの娘マノンが死去したことを受けて急遽ヴァイオリン協奏曲の作曲しに取りかかったベルクがその直後に虫に刺されて死んだために、未完に終わった。
ベルク未亡人はシェーンベルクに「ルル」を完成してほしいと頼んでみたが、シェーンベルクははっきり断った。

ともかく、13が死の数字だということはこれではっきりしたから、次は23だと思って調べていたところ、この数字についても数々の恐怖症が報告されているらしい。
恐れるかどうかはともかく、23という数字の重要性について、以下のようなことを言われると、人なら誰でもこの数字に運命を感じるのではないだろうか。

両親は、子供のDNAに、各々23本の染色体を寄与する。

…なるほど、23が二つ揃うことで新たな人格が誕生すると思えば、それは完全に恋愛を象徴する数字であるし、23の倍である46という数字も「抒情組曲」の中にはっきりと表現されている。
そして、そんな23をめぐって、なんとジム・キャリー主演の映画まで作られている!
2313と違うのは、13はその恐怖症について色々と同情が寄せられているのに対して、23はどちらかといえばそのような恐怖症はむしろ笑うべきではないかという方向で位置付けられているふしがあるのだ。
師シェーンベルクは死の13、そして弟子ベルクは笑うべき恐怖の23なのだとすれば、彼らの関係性もなんとなくわかってくるし、その23が抒情的表現に組み込まれているということにも、なんとなく違った味わいが出てくる。

そろそろ結論を出さなくてはいけない。

テーマは愛と死だ。
君がいなければ私はいない。つまり、君がいなければ私は死ぬ。
ベルク23に君がいなければ、私には死13があるのみだ。

つまり、我が愛するハンナ・フックスよ、
君の番号は10なのだ。



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2020年12月22日(火) 20時開演
エンヴェロープ弦楽四重奏団 - vol.12

ベルク:抒情組曲
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第12番 変ホ長調 op.127