ヴェニスに死す、繰り返し

1975年、ベンジャミン・ブリテンは終わりについて考えていた。
自らの死がヨーロッパ音楽の歴史の終結を意味することは、どうしても意識されないわけがなかった。

全てが頭の中で完結され、あとは紙に書き写すだけというモーツァルトの伝説をそのままの形で再現していたブリテンの創作は、それまでに幾度も繰り返されてきたモーツァルトの再来そして死の最後の形態として、1976年、静かに終わりの時を迎えた。 “ヴェニスに死す、繰り返し” の続きを読む

3つの、2つの、バースデープレゼント

ルイジ・ケルビーニというのはベートーヴェンより10歳年上のイタリアの作曲家。この9月14日に生誕260年を迎えるが、そのことはおそらく誰も話題にしていない。

ケルビーニは1816年、つまりベートーヴェンの後期といわれる時期がようやく始まった頃に「レクイエム」を書き、それは当代随一の傑作として高く評価された。1822年、パリ音楽院の学長になったケルビーニが翌年に新入生として入学してきたベルリオーズを叱り飛ばした話が、ベルリオーズの自伝に面白おかしく描かれている。

ロッシーニの登場によって作曲家としてはもう過去の人になっていたケルビーニではあったが、1836年になって急に6曲の弦楽四重奏曲を出版して、人々を驚かせた。その驚いた人々の中には、いつもながら早耳のフェリックス・メンデルスゾーンがいて、彼はすぐにそれらをロベルト・シューマンに見せて、 “3つの、2つの、バースデープレゼント” の続きを読む

新しい道への音楽

1875年5月、ジュゼッペ・ヴェルディは歌劇「アイーダ」を指揮するためにウィーンの宮廷歌劇場にいた。その時、オーケストラで第2ヴァイオリンを弾いていたアルトゥル・ニキシュはヴェルディの指揮から強烈な印象を受け、ヴェルディからの指示を細かに書き記していた。のちに陶酔的な身振りでオーケストラと観客を魅了する新しいタイプの指揮者としてデビューしたニキシュの根底にあったのが、ヴェルディから受けた多大なる影響なのだということであった。

ヴェルディとはどのような人間であったのか。それは知らない。

ブラームスは話題がヴェルディに及ぶと、 “新しい道への音楽” の続きを読む

内なる声

内面という概念について、ヘーゲルが書いている。
とうとうヘーゲルが出てきたぞ、と思って、自分も身構えている。
ヘーゲルの名を世に知らしめた『精神現象学』(1807) については、誰でもとにかく手に取るくらいの事は出来るというほか自分は説明が出来ない。今からそれを、なんと読んでみようというのだ。

ヘーゲルを読むというのは、矛盾した行いである。しかもそれが『精神現象学』のような、 “内なる声” の続きを読む

なぜ、弦楽四重奏か

弦楽器奏者とは、19世紀人の生き残りだ。

例えばここにルイ・シュポアが乱入してきたとする、弦楽器奏者はそれをみて歓喜し、すぐに合奏へと誘うだろう。また、鴨川のほとりにイグナツ・シュパンツィヒが漂着していたとしよう。それを見つけた弦楽器奏者は、まずシュパンツィヒの呼吸の正常なのを確認して、それからその場で、やはり合奏へと誘うだろう。

同じことをピアニストや管楽器奏者で考えてみよう。スーパーでジャン・ルイ・トゥルーが缶詰を買っているのをフルート奏者が見つけたり、カール・ツェルニーが郵便局で外国に送金している場面にピアニストが遭遇したら、どうするだろう。 “なぜ、弦楽四重奏か” の続きを読む

そこに行くべきか それが問題だ

医療崩壊ということが叫ばれています。
それは確かに深刻な問題です。

それは患者が増えすぎることで、必要な医療を受けることが出来ない人が出てきてしまうということのようです。3月の初めの時点で広くその危機感が叫ばれ、私たちが協力することでなんとかしなければと行動にうつしてから、すでに1か月が経ちました。

いま、この問題をもう一段階、深刻に考えてみる必要があるということについて、お話をしたいと思います。

これはまだ誰にでも通じる話ではないかも知れませんが、医療崩壊は患者の激増によっても発生するし、患者の激減によっても発生します。 “そこに行くべきか それが問題だ” の続きを読む