詩曲として、夜のガスパール

水の精は牧神に追われたシランクスを、水辺の葦として受け入れた
牧神はその葦を笛にして吹いている。
水の精エコーは、牧神によって引きちぎられ木霊となり、いつまでも繰り返し鳴り響いている。

潮が上ること高ければ、その落下はますます深い。
エドガー・アラン・ポーは潮の満ち引きのダイナミズムが渦を発生され、そこにひたすらに引き込まれていくドラマを1841年に描いた。

下に行って、上に行く。その起伏のドラマ。
ショパンがその晩年、1847年に出版した変イ長調のワルツで示したダイナミズムは、その後50年ほどで膨れ上がり、ドビュッシーは「牧神の午後のための前奏曲」を発表することになる。

ベルトランがレンブラントとジャック・カロを結び付けたように、もしくはゲーテが「ファウスト」において牧神パーンと水の精を同じ洞窟に見出したように、夜のガスパールはもうひとつの牧神の伝説として描かれ、まず下降し、そして上昇して、第3(5)小節のCis-Dis-GisそしてAisによって繋ぎとめられた。

絞首台のもとで、マルガレーテを取り囲む影が蠢いている。大鴉がNevermoreと鳴き続け、それは最後に、果たして誰の声として響いているのか。そしてベルトランによって練習曲として書き起こされた、そこにいたとも知れないホフマンの幽霊を、ドビュッシーは前奏曲「水の精」の中に閉じ込めた。

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2018年7月27日(金) 20:00開演
「夜のガスパール」
ピアノ: 久末航
http://www.cafe-montage.com/prg/180727.html