これをサリエリに捧ぐ ‥ゆえに我あり

1795年、スロバキアの首都ブラティスラバにあるケグレヴィチ家の宮殿に令嬢のピアノ教師としてベートーヴェンは招かれた。

ケグレヴィチ家は、モーツァルトがウィーンに来る前からウィーンのブルク劇場の監督を任されていた名家で、重鎮サリエリとの繋がりも深かった。
ベートーヴェンはop.2のピアノソナタを書いた1795年に初めてサリエリに出会い、ケグレヴィチ家の令嬢バベッテとの関係はその後で恋愛に発展、長大なop.7のピアノソナタを捧げた。

そのケグレヴィチ宮殿は、今では「ベートーヴェン・アパート」という宿屋になっている。

バベッテの父、カールはケルントナートーア劇場(ウィーン国立歌劇場の前身)の監督であった。その劇場で1799年にサリエリの歌劇ファルスタッフが初演され、ベートーヴェンはその歌劇のアリアによる変奏曲を作りバベッテに捧げた。翌年、ベートーヴェンはブルク劇場に華々しくデビューすることになる。

ブルク劇場で演奏されたピアノ協奏曲第1番は、令嬢バベッテにおそらくは結婚祝いとして捧げられた。作曲家・演奏家として確固たる地位を手に入れたベートーヴェンは、翌年には歌劇の分野に目を向け、正式にサリエリに弟子入りをしてイタリア語歌劇の勉強を始めた。

ハイドンに連れられてウィーンにやって来てからの数年、パトロンの貴族達の間での高い評価を足がかりに、ウィーンという大音楽都市の檜舞台の中心に華々しく登場するにあたって、重要となったものはウィーンの重鎮サリエリとの関係と、もう一つは「悲愴」ソナタ op.13の大評判であった。

ここで、ベートーヴェンがサリエリに捧げた唯一の作品、3つのヴァイオリンソナタ op.12について、なぜこれがサリエリの為の作品なのか‥ということを知りたいと思い、でも、まったく情報がないので行き詰っていた。

まずは作品の性格から‥ ベートーヴェンがサリエリの作品を最初に聴いたのは、選帝侯が招聘したサリエリの歌劇「アルミーダ」であった。その序曲の中に、ベートーヴェンが第1番のソナタの冒頭に使ったようなユニゾンの楽想が確かにある!

「私はオペラを作曲するべきではございませんでしょうか…?」
そんなアピールを滲ませて、ベートーヴェンがサリエリ師匠に捧げるソナタを作曲したのだと想像してみれば、第2番ソナタの冒頭にも、人を舞台に誘う優雅な調子が含まれているように思えてくる。

そして、これまでの3曲セットの作品(op.1、op.2、op.9)には必ずあった短調の作品が含まれていないことも、何かサリエリ師匠と関係があるのだろうか。
第1番 ニ長調、第2番 イ長調‥と来れば、次はハ短調かと思いきや、第3番はその裏返しの変ホ長調で、そこからハ短調に頻繁に訪れるという手の込んだことをしている。

D-dur、A-dur、Es-dur‥アントニオ・サリエリに捧ぐ‥

??もしかして

初版の楽譜のタイトルページを見てみるとそこには確かにこう書いてある。

composta, e Dedicate al sigr Antonio Salieri



D – A – Es . . . アントニオ・サリエリに捧ぐ


これは本当だろうか。誰か賛成してくれるだろうか。そして、サリエリ師匠は果たして喜んでくれたのだろうか。

ベートーヴェンの快進撃は、このあとまだまだ続く。

・・・・

19年11月14日(木) 20:00開演
「L.v.ベートーヴェン」 – ヴァイオリンソナタ vol.1 –
ヴァイオリン: 上里はな子
ピアノ: 松本和将

https://www.cafe-montage.com/prg/191114.html

メンデルスゾーン、三角、四角の関係

フェリックス・メンデルスゾーンの姉、ファニーの夫となったヴィルヘルム・ヘンゼルには妹がいた。その名はルイーゼ・ヘンゼル。ロマン派の重要な証人となったベッティーナ・ブレンターノの兄、クレメンス・ブレンターノはルイーゼに強烈な片思いをした挙句、敗北した。

フェリックスのピアノの先生、ルードヴィヒ・ベルガーもルイーゼに生涯癒えることのない片思いの恋をした。ある日、友人であるルイーゼの兄がベルガーの元に、最近妹に燃えるような恋心をもって、やはり敗れた別の男、詩人ヴィルヘルム・ミュラーが書いた「美しき水車屋の娘」という詩を持ってきた。衝撃を受けたベルガーは即座に10の歌曲を書いた。

“メンデルスゾーン、三角、四角の関係” の続きを読む

室内交響曲 – Interior of the Sky

「十字をお切りになって、せめて一度でもいいからお祈りになって」
「ああ、いいとも、何度でもきみのいいだけ祈るよ!素直な心で祈るよ、ソーニャ、素直な心で…」
彼は、しかし、なにか別のことを言いたかった。

____

ラスコーリニコフがその言葉を最後まで言うことはなかった。
そのことによって『罪と罰』の作中のみならず、これまでに書かれた物語の最も美しい一場面が生れた。世界の終わりの夢を見た、そのあと、病の癒えた二人が無言のまま新しい物語へと歩を進める、あの最後の数ページが。

彼らは最後の最後で出会い、夜を迎え、永遠になった。

“室内交響曲 – Interior of the Sky” の続きを読む