映画「天気の子」、ラブソングのあとで

自分はいま、京都にいる。

今度東京に行ったら、その東京は自分の知っているはずの東京ではないかもしれない。
電車の駅の中と外を行き来し、過ぎ行く人の顔を眺め、ざわめく声を聴きながら、それがいつもの東京であるのだと言い聞かせる事しかできない。いつも、東京ではそうなのだから。

ひとつの歌によって流された大量の涙は巨大な都市を飲み込んで、今も空から降り続いている。その歌を歌っていた人は姿を変え、ひたすらに祈っていた。その姿を見て、何のためにそうするのかと、自分は尋ねることが出来ない。
東京に来た理由でさえ、自分は誰に尋ねればいいのだろう。
誰がその答えを持っているのだろう。

 

9月13日、いくら何でも、もう夏は終りだ。

夏に見た映画の話をしても、もう観る人は大概観ただろうから、大丈夫だと思った。
映画「天気の子」を自分は一か月前に観た。
感動はしなかった。― でも、感動した。

そもそもあの映画の物語はどこから始まったのだろう。
あとから考え直しても、それさえ説明ができない映画だという印象であった。
でも、観終わった後に、自分は確かに感動していた。
その感動に繋がる部分こそが物語なのだとすれば、その映画を観ている時間の中に物語はほとんど無かった、と今でも思う。
もう一度観れば、それは自分にとっては再会から始まる新たな物語になるはずだけど、自分はまだそうしたいとは思わない。

少年が東京に来て、少女に出会った、その瞬間の記憶が映画の物語を象徴するような感動を伴っていれば、それはまさしく出会いだっただろう。でも、そうした出会いの感覚はそこにはなかった。
少年と少女だけではない。あの物語の中で、誰と誰の出会いがあったというのだろう。自分はひとつも言い当てることが出来ない。

出会いの物語、ラブストーリー。
前作「君の名は」があれだけの大ヒットとなった事は、ひとつの究極のラブソングの出現に比べるべき大事件であったと思う。

10分にも満たない時間の中に、まだ見ぬ自分の人生において最も大事なことが、自分からは出てくるはずもなかった言葉で掘り出され、リズムの角度で反射を繰り返す光に照らされて、想像を絶した英雄的な輝きを放つあの瞬間を待ちわびた末に、それがほとんど奇跡のように叶えられてしまうあの魔法。
あのようなラブソングを、人生の中で自分はいくつ聴くことが出来るだろう。

切り詰められた表現の中で、そのはかなさ、危うさの上に極めて稀な形で成立しているラブソング。その歌のいくらかでもを口ずさみ、いくらかの言葉を共有するだけで涙が出てくるような体験。そのような音楽に遭遇すること自体が奇跡なのに、その奇跡を途方もない数の人が同時に体験している事実に思い至ることで、この世界が何よりもまず奇跡によって形成されている感動を同時に体験することになる。
その奇跡を自分が作り出してしまうなどという事は、まったく絵空事のような話だ。

でも、実際にそれを作り出してしまった人がいるとしたら…。

究極のラブソングを発表してしまったその後の話。
ビーチボーイズにおける「神のみぞ知る」のあと、もしくはポリスの「見つめていたい」、U2の「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」の、そのあとの物語を自分は全く知らないわけではないと思う。
そこにはまったく変わり果てた姿で、何かを歌う彼らの姿があった。

「天気の子」もそのように、変わり果てた姿で歌われた何かではないだろうか。
「君の名は」で必要とされていた自分は、そこでは必要とされていないどころではなく、もはや邪魔な存在として、ついには災いの元凶として、歌を歌っている。それは、おそらく歌というよりは、祈りなのだ。奇跡が起こってしまったその後に、必ず行われる祈りの身振り。

「天気の子」はラブソングではない。

「神のみぞ知る」- God only knowsの、そのあとの物語は、その作品を書いた人にしか紡ぐことが出来ない。そうして語られたSurf’s upの物語を誰が言い当てることが出来るだろう。確かなことは言えないけれど、あれも子供の歌ではなかっただろうか。そして子供は自分の父親であると、彼は確かに歌っていた。祈るような身振りで。
音楽でなければ、iPhoneというラブソングのあとにリンゴが歌った歌を、自分は聴いただろうか。その姿を見ただろうか。

今現在を生きながら、そのような境地にある世界に触れること。
観客としての自分にとって、それはいつも究極の憧れだった。
このような二つの作品を世に送り出した人に、心からお礼が言いたいと思った。

本当にありがとうございました。